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明石家さんま出身の奈良商業高校とは?大爆笑エピソードを紹介!

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1955年生まれの明石家さんまも現在64歳になります。

テレビやラジオで知ったさんまさん以外のさんまを知ってみたいと思いませんか。

2019年12月1日(日)日本テレビ系で放送『誰も知らない明石家さんま』が放送され、誰も知らないさんまに迫るというもの。

さんまが母校の奈良商業高校を訪問します!

その前にここでは、数々の爆笑エピソードの中でも、さんまの高校時代の大爆笑エピソードがあります。

さんま自身にとっても『忘れられない笑い』として残っているというので、ご紹介していきます。

想像しただけで、笑いが起こること間違いなしのエピソードをご覧ください。

さんまの出身校・奈良商業高校について

さんまの出身高校は、「奈良県立奈良商業高校」です。1971年4月入学しています。

ただ、現在では(2007年~)名前が「奈良朱雀(ならすざく)高校」になっていますのでお間違いなく!

奈良には「奈良情報商業高等学校」という学校もありますが、さんまの母校は朱雀高校の方です!

現在の奈良朱雀高校は、6つの学科(「機械工学」「情報工学」「建築工学」「総合ビジネス」「観光ビジネス」「情報ビジネス」)があります。

奈良商業高校の歴史をたどってみると、さんまが入学した1971年より前の歴史がなかなか興味深い学校です。

(この記事の中では、さんまの母校という事で「奈良商業高校」と呼ばせていただきます。

奈良商業高校の歴史

nara 300x225 - 明石家さんま出身の奈良商業高校とは?大爆笑エピソードを紹介!出典:http://www.enet.nara.jp/hs/narasuzaku/

さんまの母校の「奈良県立奈良商業高校」の開校は、1921年(大正10年)でというのでとても歴史ある学校です。

太平洋戦争時代には工業高校を併置し、逆に商業高校の生徒募集と停止するなどされていた時代もあります。

戦後、1946年4月に商業高校と工業高校が統合され「奈良県立奈良商工学校」になります。

でも、また1948年9月には公立高校の統合・再編で、男子校の「奈良県立奈良高校」と女子高「奈良市立奈良高等学校」が統合します。

名前は男子校のほうをとったのか…いや県立の方が残ったという感じでしょうか、「奈良県立奈良高等学校」になります。

戦後の混乱期の中で学制改革がはいってくるので、どんどん学校体制が変わっていったということでしょうか。

1952年4月、奈良県立奈良高等学校統合を解消して、「奈良県立奈良商工高等学校」として独立します。

1967年4月、「奈良県立奈良商業高等学校」に学校名がまた変わり、ここで初めて、さんまが通っていたころの名称になります。

2007年4月、戦時中・後にも併置や統合されていたことがある工業高校と再び統合します。

そして、2019年11月現時点の名称でもある「奈良県立奈良朱雀高等学校」にまた名称が変わります。

2009年に奈良朱雀高校の校舎は「柏木校舎」がメインになり、奈良工業高校の校舎から引き継いだ「秋篠校舎」は廃止されています。

簡潔に言うと、2019年の現在は、さんまの母校「奈良商業高校」です!

現在は、名前を「奈良朱雀高校」と改名し、校舎は、奈良商業高校時代の柏木校舎になっています。

残念なことに旧奈良工業高校(奈良朱雀高校秋篠校舎は2018年の時点で廃墟になっているとのことです)奈良工業高校にゆかりのある皆さんにとってはさみしい事ですよね。

さんまの母校の奈良商業高校(奈良朱雀高校)は柏木校舎なので、現在でも現役校舎として活躍している!

ということで、さんまが訪問出来るんですね。

ちなみに奈良商業高校の歴史から幾度と名称が変わっているので、わけがわからん!なんていうネットでの意見も目にしました。

分かりやすくしました!こちらをどうぞ。

奈良県立奈良商業高

奈良県立奈良商工学校

奈良県立奈良高等学校

奈良県立奈良商工高等学校

奈良県立奈良商業高等学校(さんまさんの時代)

奈良県立奈良朱雀高等学校(現2019年11月27日時点)

実は、ここからまたまた変わる予定が…。後ほど説明します。

奈良商業高校の偏差値

奈良朱雀高校の偏差値として現在、調査したところ「43 – 46」ということです。在校生の情報によると、卒業後、進学するにはおすすめ出来ないが、就職にはいいという事です。

6つの学科があるというのも強いですね。

奈良商業高校の場所

奈良商業高校(奈良朱雀高校)の場所はこちらです。

〒630-8031奈良県奈良市柏木町248

余談ですが、Wikipedia情報でこんな情報が!

山本清悟 – 当校保健体育教諭・ラグビー部監督。伏見工業高校(現・京都工学院高校)出身で同校がモデルとなったテレビドラマ『スクール☆ウォーズ』の登場人物のモデルともなっている。

スポーツ好きのさんまが知ったら、ネタにするでしょう。

さんまの奈良商業高校はなくなる!?

さんまの母校の奈良県立奈良商業高校がなくなってしまう!?という情報があります。

これからの予定として、2012年4月にまた学校名が変わる予定です。

奈良県立商工高等学校」になるみたいですね。

そして、2023年3月31日に閉校予定とのことです。

さんまはこの事実をすでに知っているのでしょうか。

気にあるところです。

奈良商業高校卒業生はこんな人も

なんと!TOKIOの城島さんも奈良商業高校の出身者だったんです!

■城島茂(ジャニーズ・TOKIOのメンバー)

生年月日:1970年11月17日(49歳)
出身地:千葉県市原市
(奈良県大和郡山市育ち)

 

年代は全く違うので、学年が被ることもありませんが、この二人が会う事があれば、母校の話題になったこともあるでしょう。

さんまの奈良商業高校時代の爆笑エピソード

奈良商業高校時代のさんまは、授業を抜け出して…なんと!パチンコ屋さんに行ってたこともあるという話もあります。

これだけ聞くと、相当の悪というイメージですが、さんまらしいというのは、勝った時には、仲間に分けていたとか。

今でも、自分が芸能界の頂点の位置にいて、若手の芸人さんや売り出し中のタレントを自分がMCを務める番組に呼ぶことがあります。

それは、自分で何とか出来る範囲でチャンスを与えてあげているというエピソードがあります。

そんなさんまに感謝している芸人さん、タレントさんは少なくないというのは有名な話です。

ちょっと話がずれましたが、高校時代のさんまの画像がこちら!先生に叱られている!?

もうこれだけで面白いんですけど…!!

奈良商業高校時代のさんまはサッカー部で活躍しています!いまだにサッカーに詳しいし、ワールドカップのころには特番でMCもよくしていますよね。

さんまは当時、元北アイルランド代表選手のジョージ・ベストの髪型をまねしていたそうで…それが上のインスタ画像!!

そうなると、ジョージ・ベスト選手も気になりますよね。こちら!

さんまの高校時代はロン毛だったという事で、よろしいようです…。

さて、続けてさんまの奈良商業高校時代にの爆笑エピソードをご紹介します。

さんま一人で21クラブ宣伝、人生最大の大爆笑

さんまにとって学校は、学ぶところというより、ただ「人を笑わせる最高の舞台』だったと思っていました。

そして、さんま自身が語る、高校時代にさんまが人生の中で経験したことがない『大爆笑の連発』が起きたことがあったと言います。

今でもその時の「笑い」が忘れられないとも言ってたさんま。

そして、高校時代の時の自分がいまだに「男としての頂点」とさえいってのけてしまうんです。その笑いとは?

 「偶然の産物やねんけども、俺がサッカー部で出て笑わせて、『サッカー部の杉本(さんまの本名)です。どうのこうの』って笑わせたら、(他の部の)みんな『できひん、緊張するわ人前でしゃべるの。杉本、お前行ってくれ』って。

『おう、おう、行ったるわ』っていって、『体育部の杉本です』って眼鏡かけて出て、次、相撲部が『杉本行ってくれ』って、『どすこい、相撲部の杉本だ』って(出たら)、もうドカーンって(笑いが起こって)。ほんならもう(部活紹介の)4つ目から階段上るだけで、俺が眼鏡かけてるだけでドドドドって(笑いが起こった)。後はもう出るだけで笑いが起こってくの」

スポーツ報知

語られたのは、2019年1月11日TBS系で放送の鶴瓶さんMCのトーク番組『A-Studio』にさんまがゲスト出演した時の話です。

想像しただけで、脳裏に浮かびそうです。

その空間が何とも言えない一体感に包まれていたのでしょうね!

「お笑いなんか」と言ってた高校時代

そんな杉本少年に対して、高校の英語の先生が言います。「お前はお笑いに行け」と勧められます。

「ほないったるわ!」というと思いきや!杉本少年は、こんな風にいってのけてしまいます。

「なんでやねん。なんで俺がお笑いなんか行かなアカンねん」と拒否。

えぇ~~うっそでしょう!?と思わず口にしてしまいそうな筆者です。その時の心境はいまだに杉本少年しかわからないのです。

そして、中学生の時のこんな爆笑エピソードもあります。

友にばらされた「あーあーズ」の存在

この「あーあーズ」のエピソードも『A-Studio』にさんまが出演した時の話ですが、「あーあーズ」をばらしたのは、番組で、事前取材でさんまの中学校時代の友達に取材に行った先に出た話です。

中学校時代にさんまを含めた3人で「あーあーズ」というトリオを結成したんだそうです。その「あーあーズ」自体がもうヘンすぎて面白いです。

その3人で「スポーツ(で重要なこと)は基本だ。基本、訓練が大事や。よっしゃ、基本部作ろう」と言って“基本部”を設立したと明かしたさんま。活動内容は腕立て伏せ、腹筋などが主で「大会も何もなかった」

大会も何もなかった…。そこがツボ!なんですね。実際、さんまの声でこの話を聞くともっと面白かったですね!

明石家さんまさんってこんな人

テレビの世界でさんまさんを目にするようになったのはいつからでしょう。

筆者は、「ヤングOh!Oh!」の時代からでしょうか。

さんまのプロフィールをあらためてご紹介します。

明石家さんまのプロフィール

sanma1 225x300 - 明石家さんま出身の奈良商業高校とは?大爆笑エピソードを紹介!出典:https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=873

本名:杉本 高文(すぎもと たかふみ)
出身地:奈良県
生年月日:1955年7月1日
身長/体重:172cm/61kg
血液型:B型
事務所:吉本興業
同期芸人:関根勤/島田紳助/オール阪神・巨人
趣味:テニス、ゴルフ、サッカー、スポーツ観戦
/入社/入門:1974年 入門 二代目 笑福亭松之助
配偶者:大竹しのぶ(元)
子供:IMALU/二千翔

さんまは1974年奈良商業高校の3年生の2月に笑福亭松之助のもとに弟子入りします。

芸名の由来は有名な話で、さんまさんの実家が『さんまの水産加工業』を経営していたことからつけられています。

師匠の笑福亭松之助さんが、どうして自分のところに来たのか聞きます。

すると17歳の少年は、「センスがよろしいから」と、言ったとか。

すかさず師匠は「そら、おおきに」とお礼をいったという最高のエピソードもあります。

テレビで出ていて当たり前、目にしない日がないのも当たり前、面白くて当たり前のさんまですが、母校を訪問するさんまも観てみたいですね。

どんな話が飛び出すか、気になるところです。